岡田斗司夫さんの評価経済の記事で思い出したこと。

Facebookでシェアされていたのですが、以下の記事が面白かったです。

「僕らは評価経済の高度成長期に入った」 週刊東洋経済インタビュー ノーカット版掲載!
http://blog.freeex.jp/archives/51322180.html

その中の一節。

評価通貨は個人通貨でまた別。個人が自分で無限に発行できる通貨。だが、その裏付けが必要。例えば1時間岡田円を1万円で発行したとする。それは僕の信用によって成り立つ。
 そういう個人で通貨を発行するのは、これまでできなかった。
 でもハイパー情報社会では、それら全てをクラウドのコンピューターがやってくれる。
 個人通貨は、昔でいう「ツケ」。ツケが利く人は、評価資本を持っている人。ツケでモノを買うと、僕のツケを誰かが別のところで使える。つまり、ツケが流通する。

思い出したのが、以前、日本でしか買えないものを外国の人達に売る、というサイトを作ったことがあったこと。
そこで起こっていたのが以下。

  1. 英国在住の中国語話者に、日本の下駄が200ドルとかで売れる(他にはキティちゃんグッズとかが売れてました)。
  2. PayPalに200ドルとかが貯まっていく。
  3. そのお金を引き出したことはないし、ずっとドルのままになってた。
  4. そのお金で、macのアプリを買ったり、別のウェブサービスの有料プランに登録したりした。

僕が稼いだお金は、一度も紙幣や硬貨にはならず、また、日本円にすらならずに別のサービスに変わった。

感覚としてそれはお金ではなかったわけです。書きなおすと、

  1. 「ウェブサイトを作り、英語で日本の下駄を紹介し、注文があったら買い、郵便局へ行って書類を書いて、お客さんに送る」という僕のサービスによってお客さんに提供した価値が、
  2. いったんPayPal上のドルの数字に置き換わり、
  3. 見慣れたお金になることなく、
  4. 僕にとっての別の価値(アプリやサービス)に置き換わった。

上の記事で言われている「評価通貨」「個人通貨」とまでは言えないけど、「あー、なんかお金じゃないみたいで不思議。」と感じたのでした。

というか、お金ってそもそも、価値を抽象化して何にでも交換可能にするためのものだから、まあ当たり前なんだろうけど、ギャランティーとか生活費とか利息とか保険金とか、そういうお金の色んな側面を見ているうちに、よく解んなくなっちゃってただけなのかも。

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